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上杉家(うえすぎけ)とは、戦国大名の一つ。

概要[編集]

元々は鎌倉公方を支える関東管領であったが、足利基氏の急死後の正平23年/応安元年に武蔵平一揆の乱を鎮圧し、南関東の鎌倉公方の直轄領をも管理下に収めるまで至った。その後は関東のほぼ全土を支配する一大勢力となったが、扇谷上杉家の台頭、さらには宗家の山内上杉家が家督相続の混乱で衰退し、16世紀に入ると後北条家に領土を侵食され、ついに1552年、北条家に平井城を追われた憲政は山内上杉家の家督と関東管領の職を長尾景虎(後の上杉謙信)に譲る。そして上杉憲政は御館の乱で戦死し、ここに山内上杉家は滅亡する。

サンプルシナリオの時代では北条家が武蔵の大半を制圧している状態であるものの、山内上杉家は上野一国のほか下野・武蔵にもわずかながら勢力を保っている。一方、分家の深谷上杉家は、北条家に侵攻され深谷城と岩槻城のみの領有となっている。北条家をいかに早く潰すか、そしていかに早く関東を制圧するか。これに、上杉家の未来はかかっている。

武将[編集]

山内上杉家[編集]

  • 上杉顕定 1454-1510
  • 上杉顕実 14??-1515?(足利成氏子)
  • 上杉憲房 1467-1525
  • 上杉憲寛 14??-1551?(足利高基子)
  • 上杉憲政 1523-1579